【映画】『天気の子』僕たちは大丈夫!だとしても…【レビュー】

映画『天気の子』を観ました~。

ネタバレ大いにやってますので、

まだ観ておられない方、ご注意ください(≧▽≦)

 

あと、新海誠監督ファンの方々もーー

今回いろいろ文句言ってるんで

くれぐれも閲覧注意でお願いします(;^ω^)

 

 

 

映画『天気の子』予告

 

 

 

 

 

 

映画『天気の子』キャスト・スタッフ

 

 

監督:新海誠

脚本:新海誠

出演:醍醐虎汰朗(声) 森七菜(声)

音楽:RADWINPS

 

 

 

映画『天気の子』私の評価

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

映画『天気の子』感想レビュー

 

 

「天気の子」と「君の名は。」の違い

 

新海誠監督の映画は私にとって不思議な作品で、

いつもレンタルして観る作品なんだけど、

映画館でお金出して観るほどではなく、

観たら必ずあ~だこ~だと文句を言うんだけど、

じゃあ嫌いかと言われると、いや嫌いじゃないからまた観てしまう、という

 

摩訶不思議な存在感を持った作品、なんです。

私にとって新海作品は(笑)

 

 

 

この「天気の子」は、まぁ思い返してみて

一言で表現すると、

少年のひと夏の成長譚みたいな話なのかな、と。

 

俗にいう「晴れ女」としての特殊な能力を持つ女の子(陽菜)と、
東京へ家出してきた高校生(帆高)が出会い、
異常気象の続く東京の天気を二人で変えていく物語。

 

ただ、この「天気の子」は、前作の『君の名は。』に比べると、

この物語これからどうなっていくんだろう~(≧▽≦)

っていうワクワク感は少なかったです。

 

物語をリードしていくサスペンス要素がなかったというか、

何を楽しみに物語を見続けていけばいいのか分からなかった。

 

 

『君の名は。』は分かりやすく観客を引っ張っていく要素がありますよね。

都会と田舎の高校生の体が1日だけ入れ替わる、それが何度も続くーー

もうそれだけで、これからどうなっていくんだ?(;゚Д゚) っていう

ワクワクがあるんですが、

 

「天気の子」は、そういう見ている人間を引っ張ってくれる何かが

なかったな~と思いました。

 

ま、最初、田舎からフェリーに乗って家出してきた帆高少年、

彼はなぜ東京へ来たのか、彼に今まで何があったのか、

みたいな疑問はずっとあったんですが、

 

何故か、その肝心な部分には触れないまま話は終わりました(;^ω^)

 

え?うそ…

 

って思いましたけど、そこは新海監督にとってはさほど重要な部分

ではなかったんでしょうね。

そこが新海監督らしいとも思いました。

 

 

 

 

 

 

新海監督の映画は作り込まれたMV

 

そんなに今まで新海作品を見ているわけでもないんですが、

いくつか見てて思ったのは、

壮大で、端正に作りこまれたミュージック・ビデオ(MV)のようだなぁとw

毎回思います。

 

もっと言うと、新海監督の頭の中には映画を作る際、

(こういうシーンが撮りたい!)

っていう強い願望があって、

しかもそれがいくつもあって、

そのシーンを作るために映画を撮っている(作っている)という感じ。

 

このシーンが作りたいから映画を作る!っていう。

 

 

はじめにシーンありきだから、そのシーンを結んでいく線(物語)が

なんというか無理矢理な感じがあって、

自然な話の流れになっていないような感を毎回受けるわけです。

 

 

こんな感じ ↑

 

 

 

 

 

でもこんな感じであって欲しい ↑

 

 

 

逆を言うと、物語の自然な流れの中でこそ

素敵なシーンは存在するべき、

とでもいうのかな。

 

 

それはラストシーンでも感じましたね。

二人が再会し、

「でも僕たちは大丈夫!」

と抱き合う。

きっと新海監督はこのシーンを撮りたかったのだろうと。

 

でも流れの中で繋がっていないので、

観ているこちら側は、

え? 何が。

何が大丈夫?

 

と、置いてきぼりをくらうのです。

 

新海監督が最初から描いていたラストシーンという終着点に

無理矢理、線を引っ張って終わったという感じの最後でした。

 

 

「僕たちは大丈夫!!!」

 

う~~ん、このセリフの唐突感は否めませんーー(=_=)

 

 

 

君たちは大丈夫でも世界は大丈夫じゃないぞ

 

 

 

 

 

 

 

「天気の子」須藤圭介の造形の浅さ

 

 

登場人物の中にも非常に不自然な感じの人が登場するんですが、

それが、東京で帆高に住み込みの仕事をさせてやる

須賀圭介というフリーライターです。

 

恐らく新海監督は、もさっとした社会のアウトロー的な男を登場させて

帆高と関わりを持たせたかったと思うんですが、

その人物造形が雑。

 

 

 

フェリーで二人が出会った時、須藤は甲板から海に落ちそうになった帆高を助けて

そのお礼にと帆高に食事とビールを奢らせます。

 

いやーまずそこからして、

 

 

しめい
それはありえないだろ~~~!!!

 

 

と思ってしまいました。

 

フェリーで天候が急に変わり、大雨で滑って帆高は甲板から落ちそうになります。

もう大事故ですよ、それって。

そして帆高が悪いわけでも不注意でそうなったわけでもない。

 

なのに、なぜ?

それを助けた大の大人が、そのお礼として高校生にご飯を奢らせる?

 

ないでしょ~、ふつう。

しかも一人旅してるお金持ってなさそうな高校生にだよ。

いるとしたらよっぽどのクズ男ですよ、そいつ。

 

で、よっぽどのクズかと思って見ていたら、

なんや悪いなりに根はいい奴として存在してるし、

 

かと思えば、物語の終盤、

少女に会いたい一心で警察から這う這うの体で逃げる帆高を、

須藤は邪魔をし、説教します。

 

自首しろと、常識を持ち出して引き留めるのです。

 

 

るにゃん
お前がここで常識を持ち出すか~!

 

と、もうそのシーンに怒り心頭。

 

そこはお前みたいなクズでも、クズなりのルール、生き様を

見せるとこだろうよ~。

警察から帆高を守ってやるとこだろうよーーー!!!

 

と思っていたら、なぜかすぐに改心して、

帆高を助ける側に変わってましたけど。(え?)

 

 

というわけで、主人公にとって非常にキーとなる役どころだったにも関わらず、

この須藤という男の描き方の浅さ、

一貫性のなさ、

 

私が常に新海監督に対して持ってるイメージ、

 

 

 

人間を描けない監督

 

 

を、やっぱり今回も感じてしまいました。あ、言っちゃった。

 

 

すみません…

 

 

 

 

 

 

新海作品の魅力

 

しかし何だかんだ言っていつも見てしまうのは、

やはり映像の魅力が大きいと思います。

 

そしてこの作品は、天気=空 がモチーフとなっているので、

新海監督の真骨頂とでもいうのでしょうか、

映像の美しさが存分に発揮されうる作品だったと思います。

 

雨の表現も『言の葉の庭』の時と同様、

とても美しいですね。

陽菜を閉じ込めた巨大な雲も、良かった。

 

きっと、あの巨大で恐ろし気な雲がどこかに陽菜を隠し持っている、

そういう未知なる雲の映像シーンも、

新海監督は今回描きたかったんじゃないかなと思いました。

 

 

この雲のどこかに君がいる

 

 

 

 

あとは音楽ですね~。

はっきり言うと、映画を引き立たせる音楽というよりは

音楽を引き立たせるための映画だと思う。

 

 

 

謝罪ふたたび

 

 

 

それが壮大なMVだと思う最大の理由なんですが、

逆にいい音楽を聴きに行く、と割り切ってしまえば

この映画、そういう楽しみ方もありなのかな~と思ったりもして(笑)

 

 

ストーリーが出来てからRADWINPSに曲を頼んだのか、

曲を聴いてから脚本を書いたのか知りませんが、

(たぶん、構想を話したうえで曲を書いてもらったのかな)

 

ストーリーの中の主人公の心情をうまく表現している音楽で、(歌詞含め)

シーンとはうまく絡まり合っていたと思います。

 

 

 

この曲はいいですね~

RADWINPSと新海作品は相性がいいと思う

 

 

サントラ

 

 

 

 

 

新海作品に望むこと

 

これから1度、新海監督に挑戦していただきたいのが、

主題歌や挿入歌を、一切歌詞のない音楽を使ってみてほしい

ということですね。

出来れば既存の曲ではなく、オリジナル曲で。

 

上でも書いたように、今まで主題歌や挿入歌の歌詞に沿って、だったり

歌詞をモチーフとして物語を作ってこられたかと思うんですが、

やはりそれって危険だと思います。

 

シーンを盛り上げるのに一役は買いますが、

やはりそのシーンだけ浮かび上がっちゃうというか

そこだけが突如、MV化しますよね。

 

かつ、観ている観客の映画に対するイメージの中に、

曲のイメージも同時に混じってしまうので、

映画の独立性、独立した映画としての魅力を損なってしまう気もします。

 

 

観客のそのシーンに抱く印象の自由度を狭めているっていうのか、

印象を音楽によって押し付けている感がある。気がする。

 

 

やはり映画には、それぞれの観客の心の中で自由にイメージを

膨らます手助けをしてほしいと思うのです。

 

 

イメージを歌詞で限定するのはもったいないなあ~

 

 

 

 

 

例えば、『秒速5センチメートル』で、山崎まさよしの

『One more time  One more chance』が使われましたけど、

やはりインパクトの大きい曲なので、

曲の持つイメージが映画の物語のイメージに覆いかぶさってしまうような印象を受けました。

 

 

監督はそれも狙ってのことかもしれませんが、

そういう音楽の使い方は、

う~~ん、あまりどうかなと思う。

しかも多用するのは。(=_=)

 

 

1度、全くオリジナルの映画音楽(歌詞なし)を使って、

新海監督には新しい挑戦をしてみて欲しいなと思います。

また今までとは一味違った作品が生まれてくるのではないでしょうか。

 

 

なんだかんだと好き放題書いちゃいましたが、

いつも新海作品を楽しみにしている自分もいます。

 

 

 

しめい
いや、ほんとに

 

 

 

観終わった後に、あーだこーだ言える楽しみも含めて、(笑)

 

やはり他のアニメ作品にはない新海監督の独自性は、

濃く作品に反映されていると思う。

 

そういうオリジナリティーを持った作品が好きなんですよね。

 

 

なのでこれからも新しい新海作品に出会えることを楽しみに

待っていたいと思います。

 

 

ここまでごちゃごちゃ書いて説得力ないかもしれないけどw

本気です。

 

 

次回作お待ちしています。

 

 

 

 

 

 

 

 

映画『天気の子』関連品

 

新海誠作品はやはり映像の美しさを堪能したいので、

私はなるべくDVDでなくBDで観るようにしています。

 

 

 

 

 

 

 

 

今回も読んでいただいて有難うございました(^-^)

 

 

 

 

 

記事はいかがでしたか?
楽しんでいただけていたら嬉しいです。

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 しめいの開運日誌

アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ(Antoine de Saint-Exupéry、1900年6月29日 - 1944年7月31日)は、フランスの作家、操縦士。代表作「星の王子様」。