映画『レイニーデイ・イン・ニューヨーク』を観ていて、
ずっと感じていた違和感があります。
それは――
この2人、本当に付き合ってるの?
という感覚でした。
会話はしているのに、どこか噛み合っていない。
一緒にいるのに、心は別のところにあるような距離感。
おしゃれで軽やかな恋愛映画に見えて、
実はかなりリアルで、少し残酷な物語でした。
今回はそんな視点から、
この作品をレビューしていきます。

※こちらの記事は、過去記事をリライトしたものです。
映画『レイニーデイ・イン・ニューヨーク』の評価|面白い?つまらない?
私の評価は3.6点です。

ウッディ・アレン監督っぽい、小粋な作品って感じです。
感想(ネタバレあり)
アメリカの至宝、ウディ・アレン監督の最新作を
映画館で観てきました。
この監督の作品は、何作も観たことがあるけど、
映画館で鑑賞するのは初めてです。
前、高倉健さんの『あなたへ』という、
結果的に健さんの遺作となった映画も、映画館で鑑賞したんですが、
その時と同じ動機ですね。わざわざ映画館で観たのは。
ウディ・アレン監督、御年84歳。
いつまで現役で映画を撮影できるか分からない、
今作が最後かもしれない、
ならば、この偉大な映画人の作品をぜひとも

そんな想いで映画館へ足を運びました。
主人公は自分自身
映画作家はきっと誰もがそうなんだろうけど、
このウディ・アレン監督はより強く、
主人公に自分を投影する監督さんだと思います。
過去に自分自身が主役で映画にも出演してましたよね。
さすがに最近では役者さんにその座を譲ってますが。
でも誰がやろうと、彼の作品の主人公は自分自身の投影。
今作を観ていて特にそう感じました。
都会の男と田舎の女
昔、私の友人で(田舎の子)、
過去に東京出身の男の子と付き合ってたという子がいて、
その時の話を聞いたんですが、

と。
あ~分かるなぁと思いました。
私も田舎の人間なので(笑)
都会の男子はそんなわだかまりはないでしょうけど、
田舎の人間には、
そういう何とも言えないコンプレックスはあるものです。
この映画の主役カップルも、
男の子はNY出身の子。
女の子は田舎の州出身の子です。
その二人が、ある用事でNYへ旅行します。
彼は久々の地元で、彼女にいろいろ紹介してあげようと
プランを練ります。
あそこのホテルに泊まって、あそこのバーに行って…
もう痛々しいほど健気でいい子🩵
しかし彼女は、そんな彼の心も知らず、
NYで自分の目的ややりたいことに走り回るーー

都会には誘惑がいっぱいなのだ
田舎出身の女の子が、特に都会の彼にコンプレックスを抱いてるような
感じではなかったですが、
(彼女は田舎でも、良家の子女なのです)
しかし都会への憧れや好奇心が尽きない、といった感じで
都会ではよくあるような事(芸能人に遭遇したりねw)
に慣れている彼氏は
そんな彼女のミーハー心が分からないし、
彼女には、きっと冷めている彼氏の気持ちが分からないんだろうなと
思いました。
よくありません?
TV観ていて、
芸能人が街中でロケをしているような番組、
周囲を歩いている人たちも、気づいてもちらっと見るだけで、
普通に通り過ぎて行っている。



田舎じゃ、立ち止まって、
SNSやLINEで知り合いに 拡散&自慢 ですよ(笑)
田舎ではそういうの、非日常なのです。
そんな、田舎の人間と都会の人間の意識の差、
とでもいうのかな、
そういう、めっちゃあるんだけど
あえて細かく触れられていないような
人情の機微。
そういうのを丁寧に描いている映画だなと思いました。
人と人が付き合う上で必要になるもの
そんな田舎と都会の人間の意識の差、
みたいなものも映画では描いていたんですが、
何より、深く映画でえぐっていた部分ーー
人と人とが、
同性でも異性間でも、
仲良く絆を深めていく上で、
これは外せないだろうと、
作者のウディ・アレンが考えているらしきもの。
それはたぶん、これだったんじゃないかな。
「教養」 です(笑)
この映画で言えば、
都会の男の子には教養があった。
「あの小説の作者はねー、あの映画で監督はねーー」
そういう話を度々彼女にするのですが、
彼女からは、かんばしい返事は返ってきません。
分かっているような、分かっていなようなーー
興味があるような、興味がないようなーー
ぼんやりとした返事。
映画を観ていくうちに、
あれ、彼氏って本当にこの女の子のことを好きなのかな、
って思えるようになってきました。
二人の会話がかみ合っていないのです。
逆も然り、で、
あれ、彼女、本当に彼氏のこと好きなのかな、
とも思えます。
見ているようで彼氏のことを見ていないのです。
実際、映画の最初のころから、
この二人、どこに惹かれ合って、
お互い付き合っているんだろう…
と、ずっと思ってました😅


言っちゃった…
結局、最後、二人のどちらかがある決断をします。
急にします。
驚きます。
いきなり何?となります(笑)
でも、ちゃんと観てたら、そういう決断をしたこと
納得できます。
付き合っていく人間同士に必要なものは何か、
大切なものは何か、
いい人だから、
親切だから、
優しいから、
かわいいから、
だけでは付き合っていけない、必要なもの、
少なくとも、ウディ・アレン監督の中では
それは何かが描かれています。

人はそれを価値観ともいう
そもそも、それが釣り合うから、
人と人とは関係が深くなっていくものだと思うんです。
若い頃の“傲慢さ”と、年取った後の“理解”
恐らく、アレン監督は、若いころは
このような彼女のこと見下していたと思うんです。
「この女、教養ねぇ~な~」
みたいに(笑)
でも、今の年齢になって振り返って、
「いや、自分自身もなかなかに最悪じゃね?」
と、皮肉ってるようにも見える。
相手を無教養だと下に見ながら、
相手の世界がどんどん広がっていくことに
戸惑い苛立っているように思えます。
最後は彼女にフラれる、というのも、
アレン監督らしいオチの付け方だなと思いました。
彼女が別れを切り出さなくても、
これから変わっていく彼女を、
おそらく彼は受け入れることができなかったでしょう。
そういう自分を俯瞰して、理解して、
嗤っている映画のようにも思えました。

ウッディ・アレン監督らしい作品かも
映画の中の二人は、
始めは、恐らく互いの表面的な部分に惹かれ
付き合い始めたんでしょう。
でも、深く付き合ううちに、
互いの中での「違い」を見つけていった。
そして、その二人がどのような道を辿り、
結果、どうなったのか。
それを見せつけられる映画であり、
テンポよく、足取り軽く観られる映画ではあるんだけど、
実はとても痛い現実を見せつけられる残酷な映画なのかもしれません。
そういう残酷さを、軽快でPOPにさらっと描けるところが
巨匠、ウディ・アレン監督の真骨頂なのかもですね。
好きとか嫌いとか、理解し合う努力とか、
そういうものでは埋められない人と人の間に横たわるもの。
それを浮き彫りにするのが、「恋愛」であり、
でもそれって仕方ないことだよね、って
晩年のウッディ・アレン監督が、
軽く語ってくれている作品のような気がします。
まとめ|映画『レイニーデイ・イン・ニューヨーク』は観る価値ある?
一見すると、おしゃれで軽やかな恋愛映画に見える本作ですが、
実際には「価値観のズレ」や「会話の噛み合わなさ」といった、
リアルで少し痛い人間関係が描かれていました。
付き合っているのに、どこか通じ合っていない二人。
相手を見ているようで見ていない、
会話しているようで、実は何も伝わっていない。
そんな違和感の積み重ねが、
やがて一つの決断へと繋がっていきます。
恋愛において本当に大切なものは何なのか。
優しさや見た目だけでは埋まらない、
人と人との“深い部分の相性”について考えさせられる作品でした。
甘いだけのラブストーリーではなく、
少しビターな現実も含めて楽しみたい方にはおすすめの一本です。
甘いだけじゃないラブストーリーが好きな人には
ぜひ観ていただきたい映画です。

今回も最後まで読んでいただいて本当にありがとうございました(*^^*)
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